クリスマスと野球と私



前に書いたクリスマスの親子のプレゼントの話だけど、

そういえば、このプレゼントにはしょっぱい思い出があるなぁ〜。

うちのオヤジは、ちょ〜恐くていっつも怒ってる感じの人で口答えでもしようモンなら、

あのでっけぇ手でビンタが飛んでくるような感じのオヤジで、いわゆる星一徹ってやつ。

なので当時は、オヤジに「これが欲しい!」なんて口が裂けても言えなかった。

母さんにこっそり言ってた。ただ、忘れもしない小学4年生の時、学校では空前の

ラジコンブーム。

欲しくて、欲しくてたまらなかった。ラジコン雑誌を穴があくほど見ては

「欲しいなぁ〜」と思ってた。おれが欲しかったのは、

「マイティフロッグ」

メチャクチャかっこよかった。当時で2万ぐらいした。

今で言うと4万ぐらいの高価な物になるのかな?とてもじゃないけどオヤジになんか

言える訳がない。そこで、母さんにこっそりおねだりをしてみることにした。

ものすごくいい子にしてみたり、100点取ったり、犬の散歩を毎日したり、

ずる休みをなるべくひかえたり、とにかく最上級のアピールを「マイティーフロッグ」

のためだけにやってきた。命をかけたと言ってもいいほど。

そこでヒラメいたのがクリスマスのプレゼント。

ココしかない!一年の締めくくり。この年を越すとさらにもう一年もいい子はできない。

精神的苦痛だ。ココしかない!母さんのくるぶしにくっつくほどおねだりをした。

したら、「じゃ、クリスマスの日にお父さんに直接言いなさい!」

地獄の宣告である。

小学4年生で胃潰瘍になりそうだった。しかも、よく考えたらクリスマスの日に

言うってことはその日にもらえないのである。地獄だ。

待っているのは、ただならぬ緊迫した空気と冷めきったからあげにちがいない。

泣きそうになった。

だが、おれはいい子を半年やってきたぶん勇気がついていた。

「よし!言おう!」もうおれは大人の仲間入りである。そして、当日。

からあげの味も、ケーキの味も、なんやかんやもまったく覚えていない。

ただ、覚えているのは吐きそうなぐらいの緊張だ。ケーキを食べ終えて全てを

ちょいちょい残し、いざ宣告する時がきた。

「あ、あの〜。・・・お父さん。・・・。プレゼントが欲しいんですけど・・・・。

すごくいい子にしてたから、これからもするから、ラ、ラ、ラジコンがほしいです!」

言ってしまった。目が開けられない。ビンタが飛んでくる。ゲロが出る。ちょっと出た。

ものすごく葬式のような沈黙が続いた後、オヤジが一言。

「野球部に入れ。そしたら買ってやる。」

ガァ〜〜〜ン!野球部!坊主。小学校4年2組。まったく野球に興味がない。ガァ〜〜〜ン!

ラジコン。のために野球部。終わった。ラジコンする暇がない。日が落ちる。できない。

ただ、もう言ってしまった。もう逃げれない。「じゃ、野球部に入ります。」

(確か、この時おれ泣いた記憶がある。笑 うれしいんじゃなくてショックすぎて)

なんだかラジコンのことは、さておき何目的でオヤジに勇気を出したのかわからず、

野球部に入るお祝いみたいなクリスマスになってしまった。

その日は、ショック過ぎて寝れなかった。

明日から坊主と野球が待ってると思うと寝れなかった。

ラジコンのワクワクなどすっ飛んでいた。

結局、念願の「マイティフロッグ」は、ナ、ナ、なんと高すぎて買ってもらえず

代わりに似ても似つかないちっちゃいラジコンをオヤジの独断で購入され、

それじゃないとも言い出せず、全くもってつまらないラジコン生活と

やりたくもない地獄の野球生活が始まってしまった。

ガンダムの時もそうだったけど、クリスマスには

「ろくな思い出がねぇ〜〜!」


これが、「マイティフロッグ」

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う〜ん!今見てもカッコいい〜!誰か条件ぬきでプレゼントして〜!笑


























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このページは、cobが2009年12月 1日 20:06に書いたブログ記事です。

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